江戸時代の人間関係と性風俗との関係


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近年、「江戸時代こそ日本の理想的な時代であった」と語る方が増えています。確かに、当時の他国と比べても江戸という街は先進的な場所でしたし、人口も多い時には100万人を超えるほどでした。

また、現在では希薄になってしまっているという住民同士の「人間関係」も、江戸では人情などによってうまくつながっていたと考えられています。周囲の住民の結束が強かったため、自然と互助的(ごじょてき:お互いに助け合うこと)社会が生まれていったのです。

しかし、江戸時代もいいことばかりではありませんでした。いくら江戸時代の人情に憧れを持ったとしても、当時は現代人にはとうてい考えられないほどの「人間関係」であふれていました。

このような、「困ったときには助けになるが、常にあるのは煩わしい」という人間関係の社会であったがために、江戸時代には売春が盛んになったのだといいます。

江戸時代の住宅

現在では主流でなくなってしまった日本家屋ですが、いまだにその人気は衰えず、いつかは住みたいと考えている方もいるかもしれません。

日本家屋は夏には涼しい素晴らしい住宅なのですが、若い夫婦にはおすすめできませんでした。なぜならば、日本家屋にはほとんどプライバシーが存在しないからです。

日本家屋の特徴として、上記の通り「夏涼しい」というものがあります。そのメカニズムは、できるだけ壁を廃し、障子や襖などを用いて風通しを良くするというものです。そのため、部屋を仕切るものはほとんど障子だけなのです。

障子の薄さから察せられる通り、声はもちろん、生活音すら筒抜けとなります。また、欄間(らんま)も風通しを良くするために存在しますが、同時に音の通りも良くなってしまいました。

こうした状況で、親と同居している若い夫婦がセックスをするとなると、とても神経を使います。声を上げればすぐにばれてしまいますし、誰がいつ障子を開けるかもわからないからです。

長屋の人間関係

日本家屋に住めるような身分の人ならまだましで、長屋(複数の住宅が横に連なり、同じ壁を共有した家)に住むような一般庶民の置かれた状況はさらに劣悪になります。

そもそも、長屋は一部屋の住宅です。そのため、個人のプライバシーを守るための仕切りなど一切ありません。子供が生まれる前の夫婦はまだしも、子持ち夫婦となると常に子の目を盗んでセックスしなければならないのですから大変な仕事になります。

また、夫婦にとって一番の脅威となるのが鉄棒曳(かなぼうひき)と呼ばれる世話好きのご近所女性です。こうした女性はたいてい長屋には一人はおり、世話を焼いてくれるありがたい一面があれば、一方でとても噂好きという面も持つのです。

当時、もし少しでも夫婦の営みで羽目を外してしまったら、おそらくその夫婦は彼女たちのかっこうのターゲットとなったことでしょう。

『鹿の子餅(かのこもち)』という文献には、毎朝セックスをしていた夫婦を面白がり、長屋の裏からのぞき見をしている鉄棒曳や、その連れの姿が描かれています。

そして風俗へ

「こんな状況でセックスなんかしたくもない」と考えるのは、今も昔も変わりません。上のような住宅事情や、人間関係がある限り、自分の家でセックスをすることはストレスにしかなりません。

そうして花開いたのが、江戸の風俗文化です。遊郭(ゆうかく)岡場所(おかばしょ)という場所は、今でいう風俗ですが、こうした場所に男性は集まるようになりました。もちろん、ここでもプライバシーの保護は最低限でしたが、もともとセックスを行う場所であったため、男性にとって家で妻とするよりかはましだったのです。

宿場町と飯盛女(売春婦)の関係

江戸時代の日本にも、各地に風俗街が存在しました。これは島国である日本であっても、古い時代では各地への移動はとても困難だったからです。日本の地理を見れば一目瞭然ですが、大変山がちな地形です。そのため、山を挟んでの移動というものは容易に行えることではなかったのです。

江戸時代ごろになると交通の便もよくなりましたが、依然として移動手段のほとんどは徒歩でした。ただ、道の整備などが進んだため各地への移動は盛んになっていったのです。

とはいえ、徒歩での旅は長期間にわたります。そのため、街道の要所要所に、宿場町(しゅくばまち)と呼ばれる休憩ポイントが生まれていくようになりました。

こうした宿場町には多くの旅客が集い、賑わいを見せていくことになったのですが、そこでは多数の私娼(ししょう:売春婦)の存在も確認できます。そうした私娼は俗に、飯盛女(めしもりおんな)、もしくは宿場女郎(しゅくばじょろう)と呼ばれました。

彼女たちの存在は、当時の規律の中では若干グレーゾーンでした。ただ、彼女たちは後の宿場町に大きな影響を与え、また当時の社会の治安維持にも大きく貢献したといわれています。

主な宿場町

宿場は大きな街道に沿って点在していました。特に、五街道と呼ばれる主要街道には多くの宿場町が生まれていくこととなりました。

街道は大きな都市と都市とをつなぐ道であるため、人の行き交いが激しいという特徴がありました。そのため、その中でもとりわけ交通量の多い街道の宿場町が栄えたという歴史があります。

五街道の中でも、江戸から駿河(静岡県)を通って近畿の方面へと向かう東海道は最も栄えた街道のひとつです。道中には品川や平塚、浜松など現在でも名の知れた街が存在していましたが、それはいずれも当時栄えた宿場町でした。

また、内藤新宿という宿場町も当時は、青梅方面(現在の東京都西部)から甲州へと向かうための宿場町として栄えましたが、これは現在の東京・新宿の前身です。

飯盛女と宿場町

江戸時代、徳川幕府は遊女(ゆうじょ:当時の売春婦のこと)の営業は遊郭(ゆうかく:当時の風俗街)の中でしか許可しませんでした。そのため、遊郭でもない宿場町で売春を行う飯盛女は許可外にあったといえます。

それでも、飯盛女は旅人の疲れをいやす存在として宿場町で重宝され続けました。

彼女たちは、今でいうデリバリーヘルスのような業態で働いており、客の宿泊している旅籠(はたご:当時のホテル)に赴いて行為に及んだと伝えられています。

また、それ以外にも飯盛女は、飲食店や娯楽施設などで接待を行うためにも雇われていました。飯盛という語源は、ここから来たのではないでしょうか。

岡っ引きと飯盛女の協力体制

しかし、私娼の存在を禁止していた幕府が飯盛女を黙認したのはなぜでしょうか。その答えは、彼女たちが岡っ引き(おかっぴき)と協力して、犯罪の取り締まりにおける一翼を担っていたからです。ちなみに岡っ引きとは、当時の公権力の末端を担った者たちを指します。今の感覚でいうと、警察における巡査などが当てはまります。

当時、宿場町の飲食店や娯楽施設などには数多くの旅人が訪れたため、多くの情報が集まってきました。もちろん、そうした情報の中には犯罪に関するものも少なからず含まれていました。

そんな中、飯盛女は職業柄そうした情報を自然に聞き入れたり、聞き出したりすることができます。そのため、岡っ引きはそうした飯盛女の持つ情報力を有益なものとみなし、いわば協調関係のようなものを結ぶに至ったのです。

このように、宿場町には多くの売春婦がいたことが明らかとなっています。ちなみに、宿場町の中には、その後に風俗街として発展していったところも存在します。飯盛女の存在は、現在にも影響を与えているのです。

江戸時代における妾(めかけ)の存在

また、江戸時代では愛人システムが存在しました。さらには、一夫多妻制度も普通でした。

一夫多妻制をとっている国は現在します。例えば、イスラム教では一夫多妻を許可しているため、中近東地域では多くの国がこの制度を採用しています。また、宗教を含めなければ、サハラ以南のアフリカにおける一部地域でも公然と行われています。

ただし、現在の日本ではひとりの男性が複数の女性を妻として迎え入れることは、法制度の上では許されません。もちろん、不倫をしている場合であれば複数の愛人を従えている方もいるかもしれませんが、法制度の上では愛人を妻としては認めてくれません。

しかし前述の通り、江戸時代の少なくとも武家に限れば複数の妻がいることは珍しいことではなく、むしろ当然のことでした。

武家の場合、将軍には正室(せいしつ)と呼ばれる本妻と、側室(そくしつ)と呼ばれるその他の妻たちが存在していました。また、側室とともに、妾(めかけ)と呼ばれる女性も存在しましたが、これは将軍に限った話ではなく、庶民階級でも有していた男性はいたといいます。

正室と側室

江戸幕府の連続性をつかさどった徳川家では、その血筋が何よりも重視されました。血が途絶えてしまっては、日本を治めるための正当性がなくなってしまうためです。

そのため、世継ぎを絶やさないためにも、将軍はできるだけ多くの子供の種を植え付けなくてはなりませんでした。当時の医療技術では、生まれたとしてもすぐに亡くなってしまうことも珍しくはなかったからです。

子供をたくさん設けるためには、正室だけでは足りませんでした。それゆえ、側室の女性とも多く関係を持ち、たくさんの子を産ませたのです。

実際のところ、幕府の将軍の中で正室から生まれたのは3代将軍家光、15代将軍慶喜のみでした。それ以外の将軍は、すべて側室の女性から生まれていたのです。

そう考えてみると、当時の権力者にとって側室はなくてはならない存在だったことがわかります。

妾のシステム

側室に似た立場の女性として、妾(めかけ)と呼ばれるものがいます。妾の意味としては、側室と同じで、「正妻ではない妻」を指すのですが、ニュアンスは若干異なります。

側室が幕府の連続性を担うために置かれた存在であるのに対し、妾はより単純にセクシャルな意味合いが強い存在なのです。

そんな妾は、江戸時代には長者(ちょうじゃ:財を成した豪商や、土地の権力者など)の愛人として家に招かれました。個人的な関係で仲良くなる現代の不倫とは異なり、妾の場合は「妾」という名の職業に就く女性との愛人契約でした。

そのため、雇用のための契約書もきちんと交わしますし、妾として雇っている間は金銭で結ばれている関係でしかありませんでした。

当時、妾は女性に人気の職業でした。時々訪れる旦那の相手をする以外はほとんど自由で、寝床も食事も保証されているからです。ただし、それは嫁いだ先の男性の性格次第だったといいます。

例えば文政8年(1825年)に著された『祝言色女男思(しゅくげんいろなおし)』という春本(しゅんぽん:今でいうエロ本)には、ある男性のところ奉公した妾の訴えが記されているといいます。

この妾を迎え入れた男性は、「どうせ金を払っているのだから、やりまくらなければ損!」と考えていたそうで、毎晩何度も行為を求めてきたそうです。出典が春本であるため、本当か嘘かは推して量るべきですが、妾の仕事も想像よりかは大変だったようです。

ちなみに余談ですが、当時の人々は肉類を食べなかったため動物性たんぱく質が慢性的に不足していました。つまり、度重なる射精は栄養素の無駄撃ちであり、自身の身を弱めてしまうことにも当然つながったのです。

そのため、絶倫(何度射精しても大丈夫な精力の強い人)の男性は「腎張(じんばり)」と呼ばれ、しばしば尊敬の対象にさえなったといいます。

妾の文化は今や見かけられませんが、現在起きている熟年離婚や夫婦間のセックスレスなどの問題を見てみると、実際は合理的なシステムだったのかもしれません。失われた文化から、新たな発見をするのも面白いかもしれません。


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