江戸時代の風俗街に通っていた人々


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江戸時代(1603~1867年)の吉原にあった妓楼(ぎろう:風俗店のこと)には「張見世(はりみせ)」という場所がありました。通りに面した場所で壁は格子となっており、男性客は張見世の中をのぞくことができました。

張見世の中には遊女がいて、外からのぞく男性客を「妓楼で遊んでいってよ」と誘っていました。しかし、張見世をのぞく男性の中には、いわゆる「冷やかしの客」がたくさんいました。

また、僧侶など中には風俗店に通うことが困難な人がいました。このような人はどのようにして風俗店に通っていたのでしょうか。ここでは、江戸時代に風俗店に通っていた人々について紹介します。

張見世を見物する男性の7割が冷やかし

妓楼は「昼見世(ひるみせ)」という正午~16時までの営業と、「夜見世(よみせ)」という日没~午前0時までの営業に分かれていました。多くの場合、張見世がにぎわいだすのは夜見世でした。昼間は仕事をしている男性が多かったためです。

夜見世の時間になると、たくさんの男性客が張見世をのぞき始めました。張見世では遊女(ゆうじょ:現代でいう風俗嬢)によって「清掻(すすがき)」という音楽が演奏されました。清掻は「三味線を使ったお囃子(おはやし:祭りごとなどで演奏される音楽)」のことを指します。

男性客は清掻を聞きながら、にぎやかな雰囲気の中で遊女を眺めることができました。男性は張見世の格子に顔をつけるようにして遊女を眺めていました。

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ただ、こうした男性のうち実際に妓楼に入店するのは約3割ほどでした。多くの場合、7割の男性は冷やかしだったのです。

冷やかしの理由は、吉原の遊び代が高かったため

吉原で遊女と遊ぶための揚代(あげだい:料金のこと)は非常に高額でした。そのため、一般の男性は妓楼に頻繁に行くことはできませんでした。

遊女との揚代は、「遊ぶ遊女の階級」によって異なりました。「呼び出し昼三(よびだしちゅうさん)」と呼ばれた最も高い階級の遊女とプレイするには、「金一両一分(きんいちりょういちぶ)」という料金がかかりました。これは現代の12万5千円に相当します。

また、最上級ではない「座敷持ち(ざしきもち)」や「部屋持ち(へやもち)」と呼ばれる遊女の揚代は、それぞれ「金三分(きんさんぶ)」や「金一分(きんいちぶ)」でした。それぞれ現代の7万5千円、2万5千円に相当します。

さらに、男性客は妓楼で宴(うたげ)を催すこともありました。宴で男性は遊女とともに酒や食事を楽しみました。その分、料金はさらに高くつきました。盛大に宴を催すと100万円近くの費用がかかることさえありました。

このように、吉原での遊び代は一般の男性にとって非常に高額でした。そのため、冷やかしの客がいるのもうなずけるのです。

冷やかし客を「吉原雀(よしわらすずめ)」や「地廻り(じまわり)」と呼んだ

冷やかしの男性たちは張見世にいる遊女を見て「私はあの遊女の顔があまり好きではない」、「私は赤い着物を着た女性が好みだ」などの意見を話していました。

このように男性客はさまざまな意見を言い合いながら、妓楼の張見世を見て歩き回っていました。

遊女は冷やかしの男性客を「地廻り(じまわり)」や「吉原雀(よしわらすずめ)」と呼んでいました。

江戸時代の戯作(げさく:江戸の俗文学)である「浮世の四時(うきよのよつ)」という作品には、地廻りの男性の様子が描かれています。その様子によると、夜の22時ごろまで張見世を見てまわっていました。

現代では、風俗街を目的なく何時間も歩き回る人は少ないです。しかし江戸時代は、冷やかしのために何時間も歩き回る男性がたくさんいたのです。

これは、江戸時代に娯楽が少なかったことが関係しています。男性たちにとって、吉原を歩き回ることは「娯楽のひとつ」だったのです。

地廻りの男性はいわゆる「江戸っ子(義理人情に厚く、見栄っ張りな気質)」を気取っていました。そして、威勢の良い口調で「私は金持ちだ」という自慢話をしていました。しかし実際は、吉原で冷やかしばかりをしている人が多かったのです。

医者に変装して風俗店に通っていた僧侶

このように、吉原にある妓楼の揚代は非常に高かったため、江戸時代の男性は見物や冷やかしを楽しみとしていました。現代では前もって入る店を決めて風俗店でサービスを受ける人が多いですが、江戸時代の風習は今とは大きく異なっていたのです。

さて、このように一般市民は見物であっても気軽に風俗店へ出向くことができましたが、立場上難しい人たちがいました。例えば、そうした人に僧侶がいます。

江戸時代には、全国各地にたくさんの寺院がありました。寺院には僧侶がいましたが、僧侶は一般男性と同じように風俗店に通うことがありました。

日本では、僧侶たちは風俗店に通うことは禁止されています。それでは、どのようにして風俗店を利用していたかというと、医者に変装していました。

江戸時代の僧侶は、女性との恋愛や性行為を禁じられていた

日本で古くから信仰されている宗教は仏教です。仏教には浄土宗や真言宗などの宗派がありますが、ほとんどの宗派で女性との交際や性行為が禁止されていました。僧侶は女性関係全般を禁止されていたのです。

江戸時代の仏教の修行では、「煩悩(ぼんのう:悩みや不安の気持ち)や執着(しゅうちゃく:物事へのこだわり)を捨てることが大切」とされていました。

僧侶が女性と交際したり性行為をしたりすると、日常的に女性のことが頭から離れなくなってしまいます。そのため女性関係は、「仏教の修行のさまたげになる」と考えられて禁止されたのです。

しかし江戸時代の僧侶は、禁止されていたにもかかわらず女性とセックスをすることがありました。僧侶が上記の規律に反して女性と性行為を行うことは「女犯(にょぼん)」と呼ばれ、罪とされました。

僧侶は医者に変装して、風俗街に出向いた

僧侶は普段、寺で修行や仕事をしていました。ただ、僧侶も男なので性欲を我慢することはできません。そこで僧侶は「女性との性行為を楽しみたい」と思ったとき、周りの人たちに気付かれないように寺を出ていました。そして、風俗街に行きました。

しかし、僧侶の格好は非常に目立つものでした。「坊主頭」に「黒色の衣」を身にまとうのが、当時の僧侶の服装でした。この服装のままで風俗街を歩くと、僧侶はすぐに見つかり女犯の罪に問われてしまいます。そのため僧侶は、医者に変装して風俗街に出向いていました

僧侶が医者に変装した理由は、「江戸時代の医者は坊主にしていた人が多かったため」です。僧侶は服装を着替えることはできても髪型をすぐに変えることはできなかったため、坊主頭が一般的な医者に変装したのです。

僧侶は寺を出ると、船宿(ふなやど:舟による運送をしている宿)や茶屋(ちゃや:旅の休憩所)で服を着替えました。僧侶は黒い衣から、医者が着ていた白い「羽織(はおり)」という服に着替えました。また、風俗街からの帰りにも船宿や茶屋に立ち寄り、もとの黒い衣に着替えました。

風俗店で遊んでいた僧侶はたくさんいた

変装した僧侶は、江戸の各地の風俗街に出かけていました。江戸で最も人気のあった遊郭「吉原」や、新宿・品川・千住・板橋の「宿場(しゅくば)」、違法な風俗街であった「岡場所(おかばしょ)」という風俗街には、医者に変装した僧侶がたくさん訪れていました。

僧侶は変装するものの、風俗店の遊女(ゆうじょ:風俗嬢のこと)や奉公人(ほうこうにん:店のスタッフ)には僧侶であることが知られていました。当時の吉原の風俗店は、優良客の職業を把握していました。僧侶は吉原の中でも、上客に数えられる人が非常に多い職業でした。つまり、それだけ多くの僧侶が規律を破り、金払いが良く、女性との性行為を楽しんでいたのです。

僧侶の一斉検挙が行われた

江戸の町奉行所(まちぶぎょうしょ:行政を担う機関)は僧侶が風俗遊びをしていることに気付いていました。しかし町奉行所は、普段は僧侶を女犯として検挙することはありませんでした。ただ、ときどき僧侶の一斉検挙を行っていました。

当時の風俗店は宿泊することができ、風俗遊びをした僧侶は朝に寺に帰るのが一般的でした。そのため一斉検挙では、町奉行所の役人が夜明け前に吉原や宿場に行き、僧侶を待ち伏せしました。

1768年に行われた一斉検挙では、吉原や岡場所で僧侶が検挙され、その人数は合計で70人近くに及びました。女犯として捕らえられた僧侶は寺に引き渡され、寺の規則によって処罰されました。

このように、江戸の僧侶は風俗遊びを隠れてしていました。普段から日々修行をしている僧侶であっても、男性である以上は性欲を我慢できないことがあったのです。


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