吉原

江戸時代の風俗店、妓楼(ぎろう)に訪れた男性客

江戸時代(1603~1867年)の風俗店である妓楼(ぎろう)にはさまざまな男性客が訪れました。一般の男性だけでなく、高い身分の人も多く来店し、遊女(ゆうじょ:現代でいう風俗嬢)に夢中になりました。

ただ、吉原では男性客は店から「お仕置き」を受けることがありました。現代では想像がつかないことですが、かつての文化は現代と大きく異なっていたのです。

ここでは江戸時代の妓楼にどのような人が来店したのかを紹介します。さらには、妓楼(ぎろう)が男性客に行っていたお仕置きにまで確認していきます。

若旦那(わかだんな)は好印象だった

若旦那(わかだんな)は中流以上の商家(しょうか:商人の家)の息子を指します。若旦那はお金に不自由していない人が多く、吉原の妓楼で定期的に遊ぶ人が多くいました。勤番武士や半可通と比べて若旦那は若くて純情だったため、遊女から好印象を持たれることが多くありました。

ただ、若旦那はまだ独り立ちした大人ではなく、両親に養ってもらっている身です。妓楼で遊びすぎて引手茶屋(ひきてぢゃや:現代でいう風俗案内所)に大きな借金を作ってしまい、両親に叱られてしまうことがたびたびありました。

江戸時代には、10代前半の男性でも妓楼を訪れることがありました。

文人学者(ぶんじんがくしゃ)と遊女は対等に会話をしていた

江戸時代、幅広い学問を身に付けている人を「文人学者(ぶんじんがくしゃ)」と呼びました。文人学者の多くは吉原で遊び、吉原は「文人学者の社交場」となっていました。

文人学者と対等に会話をするためには、遊女も知識を身に付けている必要がありました。文人学者はお金の支払いが良く、妓楼は「文人学者を積極的にお客様として迎えたい」と考えていました。そのため妓楼はさまざまな分野の専門家を呼び、遊女に勉強をさせていました。

遊女は勉強により豊富な教養を身に付けていたため、文人学者とも楽しい会話をすることができました。文人学者の中には遊女の魅力に惹かれ、妻として迎える人もいました。

ただ、中に吉原で遊ばない文人学者もいました。「南総里見八犬伝(なんそうさとみはっけんでん)」などの著名な読本(よみほん:江戸時代の小説の一種)を残した滝沢馬琴(たきざわばきん)は吉原を嫌い、息子に対しても吉原に行くことを禁止しました。

しかし、滝沢馬琴と同じように吉原を嫌った人は少なく、多くの文人学者は吉原で遊ぶことを好みました。

半可通(はんかつう)は遊女に嫌われやすい

半可通(はんかつう)は「江戸っ子を気取り、知識豊富なふりをする男性」のことを指します。遊女は「本当の江戸の人がどのような人か」を非常によく理解しています。そのため多くの場合、遊女は半可通の男性が知ったかぶりをするのを不愉快に感じていました。

前述のように、遊女は妓楼で教養を勉強する機会を設けられていたため、半可通の知ったかぶりはすぐに見破ることができたのです。

江戸時代には戯作(げさく)と呼ばれる俗文学の書籍がたくさん発行されていました。戯作の中に半可通が登場すると、半可通は「最初は遊女と順調に仲良くなるものの、最後は女性から愛想を尽かされてしまう」というストーリーが多くありました。

武士は遊女に好かれなかった

吉原の妓楼に多く来店していたのが武士です。武士は袴を着用して外出しており、本人は通人(つうじん:さまざまなことを経験し、物事をよく知っている人)を気取っていました。しかし、吉原では武士は「野暮(無粋な人)」として人気がありませんでした。

また、妓楼の遊女(ゆうじょ:現代でいう風俗嬢)は「武士はあまりお金を使わないにもかかわらず、妓楼や遊女に対して要求が多い」として敬遠していました。こうしたことから、武士は本人がいないところで遊女から「浅黄裏(あさぎうら)」や「武左(ぶざ)」などの軽蔑の言葉で呼ばれていました。

もちろん武士でも人柄が良く、好感を持たれる人はいました。逆に江戸をよく知っているふりをしている、いわゆる「江戸っ子(江戸で育った、浅薄で喧嘩っ早い人)」を気取っていた人は嫌われていました。

留守居役(るすいやく)の武士は歓迎された

武士には「勤番武士(きんばんぶし)」と「留守居役(るすいやく)」という2種類の人がいました。前述の武士は、勤番武士を指します。要は、地方から江戸にやってきた下級武士だとザックリと考えてください。

勤番武士は、江戸時代に定期的に江戸に行く必要があった「参勤交代」という制度により、江戸を訪れた武士を指します。留守居役は「当時、日本各地に存在した藩(はん)と呼ばれた小さな国との外交役の武士」です。留守居役はさまざまな地域の藩との交渉や接待などを行いました。江戸幕府に在籍していて、外交などを行っている人と理解すればいいです。

留守居役の武士は仕事柄、さまざまな人と接する機会がありました。そのため留守居役の武士は、接待交際費として多くのお金を持っており、自由に使うことができました。そのため、吉原に定期的に訪れて妓楼で遊女と遊んでいました。

留守居役の武士は自腹で支払っていたわけではないため、妓楼でのお金の使い方も派手でした。そのため遊女から慕われることが多く、遊女から敬遠される勤番武士との差は非常に大きなものでした。ただ、留守居役は妓楼での遊びすぎから江戸幕府に叱責を受けることがありました。

特定の妓楼を利用すると、ほかの店では遊べない

このように、吉原の妓楼にはさまざまな身分の男性が訪れていました。幅広い男性を惹き付けるだけの魅力が、吉原の遊女にはあったのです。

ただ、男性が江戸時代の吉原には伝統と格式があり、吉原特有のルールがありました。その代表的なものが「特定の妓楼を利用して遊女(ゆうじょ:現代の風俗嬢)とプレイすると、ほかの店の遊女と遊ぶことはできない」というものです。

男性客に選択の自由がなく、商売としてはいわば「傲慢なやり方」といえます。ただ、こうしたルールを設けているのには「妓楼の事情」がありました。

妓楼で働いていた遊女には階級がありました。上から、「花魁(おいらん)」と呼ばれる上級遊女、「新造(しんぞう)」と呼ばれる下級遊女、さらに遊女の見習いである「禿(かむろ)」という順番となっていました。

遊女はお互いの男性客に敏感で、客の取り合いに発展することがありました。花魁と新造で取り合いになった場合は花魁に譲ることが多いですが、花魁同士の場合、激しいぶつかり合いになることがありました。

同じ妓楼内でさえこうしたトラブルがあります。さらに男性客がほかの妓楼を利用するとなると、ほかの妓楼の遊女も巻き込んだ揉め事になりました。そのため妓楼は、一度利用した男性客をほかの妓楼に行かせないようにしたのです。

他店を利用しようとした男性客へのお仕置きの内容

男性客からすると、「どの妓楼を利用しようと自分の都合」といえます。しかし、妓楼はほかの妓楼を利用しようとする男性を「不実(ふじつ:誠実さに欠けること)」としてお仕置きをしました。これを妓楼では「倡家の方式(しょうかのほうしき)」と呼びました。「倡家」は妓楼のことを指します。

倡家の方式では、男性客が特定の妓楼の遊女と親密な関係になったあとにほかの妓楼に行こうとしたことが発覚すると、すでに親密になっている遊女が新しい妓楼の遊女に向けて「つけことわり」の文書を送りました。つまり「男性客の来店を断るように」という内容の文書です。

これで男性客が新しい妓楼に登楼(とうろう:妓楼に行くこと)しなくなれば男性客は注意程度で許されました。しかし、男性客が引き続き新しい妓楼を利用しようとした場合、花魁が新造を引き連れて吉原の街で男性客を待ち伏せして、男性を捕まえて妓楼に連れ込みました。そして、男性の髪を切ったり顔に墨を塗ったりするなどして、笑い者にしました。

男性客は長時間お仕置きを受け、その間食事も与えられませんでした。降参した男性客は「別の妓楼を利用しない」とお詫びを入れ、妓楼や引手茶屋(ひきてぢゃや:現代でいう風俗店の案内所)の亭主と盃を交わしました。さらに、妓楼の遊女や男性スタッフに祝儀(しゅうぎ:チップのこと)を与えました。こうしてようやく、男性は妓楼に許してもらうことができました。

料金を支払わない男性客へのお仕置き

男性客によっては妓楼で遊ぶお金がないにもかかわらず登楼することがありました。妓楼の料金は後払いにすることができましたが、支払いを引き延ばし続ける人がいたのです。

こうした男性客に対しても、妓楼はお仕置きを行いました。その例として「桶伏せ(おけふせ)」があります。桶伏せでは、四角い窓が空いている大きな桶を男性にかぶせます。

そして、男性の実家の誰かがお金を届けに来るまで、男性を妓楼の外に出しませんでした。多少の食事は与えましたが男性は身動きすることは許されず、用を足す際もその場で行うという過酷なものでした。

妓楼ではこのように、料金を払ってくれる存在である男性客にお仕置きをすることがありました。現代では考えられないことですが、江戸時代の吉原ならではの文化だったのです。

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