モテない恋愛初心者が彼女やセフレを作るには:管理人プロフィール


kanri

はじめまして。ダイスケといいます。私は30代のサラリーマンであり、決してイケメンではない普通の顔をしています。唯一の自慢は、運動を続けているので周囲の人が肥満体質になっている中、自分は学生時代の体形を維持していることです。

周りのイケてる男性たちが肥満になるほど自分が引き立ち、かわいい子が私のもとに寄ってきてくれるので、男性たちはもっと太ってくれればいいのにと邪悪なことを日々考えています。

さて、なぜ私がこうしたウェブサイトを立ち上げて運営しているかというと、それは過去の私は女性にまったくモテず、20代までずっと「女性関係に関しては暗黒時代を送っていた」ことがあるからです。

ただ、不思議なものでたった一人の友人(かなりの悪友)との出会いから、それまでの女性関係がガラッと変わりました。その友人に出会ってから2ヵ月で彼女ができ、さらに半年後にはセフレのような感じの女性を何人も側におけるまでなったのです。女性との出会いも絶えなくなり、いまでは土日から順に予定が埋まっていくようになっています。

男性であれば、誰でもこうした状況を作ることができます。もちろん努力は必要ですが、かつて女性と一言も話せなかった学生時代を過ごしてきた私でも可能だったので、適切な方法さえ知って行動さえすれば、彼女であれセフレであれそこまで苦労せずに作ることが可能です。

なぜ、誰でも彼女を苦労せずに作れるようになるかというと、これは私の過去を知れば理解できるようになります。

女性と一言も話せなかった中学、高校時代

小学校のときは全く考えていなかった人であっても、中学生になると異性を意識し始めます。ただ、どのように行動すれば分からなかったり、女性を目の前にしたときに何を話せばいいのか困ったりします。

当時の私もそのような感じであり、初恋はありましたが遠くから好きになった女性を見つめるだけであり、ほぼ話をすることはありませんでした。

むしろ、「女性は私のことを嫌っているのではないか」と考えていたほどです。例えば、私は中学のときに部活でテニスをしていました。弱小テニス部だったのですが、たまに女子と試合をすることがあります。このとき、試合前は握手をするわけですが、握手のときは「この女子たちは自分と握手をするのが嫌なのだろう」とねじ曲がった考えをしていました。

それだけ、自分のことが好きではありませんでした。ただ、周囲のモテている人たちを見ると非常にうらやましく感じていました。

こうした考えは高校に進学しても続きます。高校では、いわゆる「イケてるグループ」と「イケてないその他大勢のグループ」に分かれるわけですが、私は当然ながら後者の「その他大勢のグループ」に属することになります。

そうはいっても、高校のときはぼちぼち運動ができたせいか部活(テニス部)ではわりと活躍するようになりました。また、勉強もわりと上手くいっていました。ただ、女性にモテるのとスポーツや勉強ができるのはまったく別です。事実、高校のときに私は彼女がいませんでしたし、バレンタインデーでチョコをもらったこともありません。

その代わり、同級生の友達が部活で後輩の女子からこっそりチョコをもらっている姿を見て嫉妬だけはしていました。彼は部活でレギュラーではなく、勉強の成績は下から数えた方が早かったです。そうした現実を突きつけられた私は、「いくら部活や勉強ができても、自分の好きな女性に振り向いてもらえなければ意味がない」と本気で悩んだものです。

二次元の女性だけが恋人の大学時代

こうして女性関係でまったく花のない中学・高校時代を過ごしてきた私ですが、大学で過ごした4年間もパッとしませんでした。いわゆるキャンパスライフを夢見ていたわけですが、女性に恵まれることはありませんでした。

大学でも本気で活動している部活で頑張っていたわけですが、サークルとは違って大学に入ってまで部活を本気でやろうとする女性は極端に少ないです。

また、そもそもコミュニケーション能力が極端に低い私にとって、女性と会話をするのは一大事であり学部にいた女性にすら話しかけるのを躊躇してしまいます。

そのため、部活には毎日行っていましたが、部活後や講義のない日はオタクの友達に勧められたギャルゲー(エロゲー)を必死で攻略していました。いわゆる、二次元の世界にどっぷりと浸かっていたのです。初めてギャルゲーをしたとき、「世の中にこれだけ楽しいゲームがあるのか」と感動したほどです。

女性と仲良くなって彼女にしていくという内容のゲームが通称ギャルゲーです。要は、二次元の中で女性を攻略していくわけです。大学生のとき、現実成果の女性には見切りをつけ、暗い部屋の中で二次元の女性を落としまくっていました。

例えば、ギャルゲーとしては以下のようなものがあります。

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pic071121_007引用:車輪の国シリーズより(向日葵の少女、悠久の少年少女より抜粋)

ちなみに、実際にギャルゲーをしたことのある男性なら理解してくれると思いますが、下手な小説よりもギャルゲーの方が格段に話の内容が面白いです。特にギャルゲーの例として上に画像を使わせてもらっている「車輪の国、向日葵の少女」については、かなり前に発売されたゲームですがストーリーが最高です。

マンガや小説では、作中に伏線を盛り込んでいって最後にどんでん返しをするのが基本です。ただ、そのどんでん返しを誰も予想しない形で行い、ほぼ全員の読者に衝撃をもたらすほどの作品といえば、私は「車輪の国シリーズ」を含めたギャルゲー以外に知りません。もちろん、ドラマや映画を見るよりも100倍泣けます。

ギャルゲーの場合、二元の中で女性と仲良くなるのも重要ですが、それ以上にストーリーが素晴らしいのです……。

ちょっと熱くなってしまったので、ギャルゲーの話はここまでにしておきます。いずれにしても、こうした痛い大学生活を送っていました。私の大学生活は部活、授業、ギャルゲー、たまにバイトという感じでした。

ただ、そうはいっても大学三年生くらいになると、以前よりは女性に対して少しはマシになってきました。人数が少ないとはいっても、部活には女性がいます。また、学部で出される宿題ではチームを作って取り組む課題もあり、強制的に女性とコミュニケーションを取らなければいけません。

こうしたとき、「もしかして女性と話すのは男性と会話するのと同じ要領で話せばいいのでは」ということを徐々に学んでいったわけです。しかし、恋愛経験ゼロの私が急に彼女を作れるわけではなく、気になる女性にメールを送っても返信がなかったり、アプローチしていた女性から急に避けられるようになったりすることはよくありました。

そのたびに現実の女性に愕然として、ギャルゲーに再び手を出し、1ヵ月ほどして「これではダメだ!」と思い立って他の出会いはないか探していたものです。

暗黒のブラック研究室時代

そうして大学四年生になると、研究室に配属されます。この研究室がなかなかのブラックであり、朝9:00には必ず研究室にいなければいけません。また、帰りは夜22:00ごろが普通です。

私がいた研究室は企業と共同研究をしていることもあり、当然ながら「この日までに結果を出さないといけない」などの締切があります。また、動物実験も行っていたため、休日も大学に出てマウスの世話をしたり実験をしたりしなければいけません。そうしないとデータを取れないからです。

私がいた研究室は、有機化学から生化学、動物実験まだ幅広く行う珍しい研究室でした。結局、私はこの研究室で大学院まで行くことになります。大学院では、大学4年間とは別に「大学にプラス2年残ってさらに深い研究を行う」ことになります。

理系では大学院に行くのは珍しくなく、むしろ私のいた学部は大学院の行くのが普通であり、4年間で就職する人の方が珍しかったです。ただ、今から考えれば普通に4年間の大学生活を送ったのち就職し、早く社会に出ていた方がよかったと今でも感じています。

世の中には、ブラック企業という言葉があります。ただ、ブラック企業とはいっても給料をもらえるわけです。一方でこうしたブラック研究室では、むしろ学費を払いながら酷使されます。

そういう意味では、こうしたブラック研究室の方が社会的に問題だと肌で感じました。例えば、私のいた研究室では「毎年、誰かが研究室を辞めて去っていく」という悪いジンクスがありました。実際、私の研究室には同学年の友達が2人いましたが、そのうちの1人は大学院一年生のときにうつ病のような状態になって研究室を去りました。

これは私の研究室に限りません。私の大学には他にもブラック研究室があり、大学4年間を一緒に過ごしてきた友達のうち、大学院に進学したときに合計4人がいつの間にか大学から去っていたほどです。

大学院二年生で初めての彼女ができる

私がいた研究室は「なぜ就職活動ばかり行って、研究をストップさせるのだ!」と言われるなど、就職活動を邪魔される不可解な研究室でした。ただ、そうした言葉を無視して、私は何とか企業の内定を勝ち取ることができました。

就職先を決めてしまえばこちらのものです。大学院二年生(卒業の年)になったとき、私は完全に開き直って夜18:00には帰るようにしました。もちろん、やるべきことは全て片付けての帰宅です。研究室生活にもかなり慣れており、研究を進めるときの効率はかなり上がっています。

既に就職先も決まっていることから、「教授の期待以上の成果を出す」ことよりも、「言われたことをそつなくこなし、自分のプライベートを重視させる」という選択をしたのです。後輩に対しても、「無駄に遅く残っても効率が下がるだけだから、お前たちは早く帰れ」という指導をしていました。

さて、それまで研究ばかりしていた私は、テニスの活動を再開することにしました。具体的には、社会人サークルを探してそこに通うようにしたのです。

社会人サークルには年齢・業種を問わずさまざまな人がいます。そうした自分が知らない世界を経験している大人と話すのはとても楽しく、新たな輪を作ることができました。

その中に私よりも年が2つ上の社会人女性がいました。最初は何も思わなかったのですが、試合に出るときにその女性の車に乗せてもらったりして少しずつ気になりはじめ、食事デートに誘ったり社会人サークルで一緒になったときは積極的に話しかけたりしました。

3回目のデートのとき、その社会人女性とデートした最後に「付き合ってください」と言い、無事彼女を作ることができました。それまで彼女作りで散々苦労してきましたが、上手くいくときはこんなにスムーズなのだと実感したものです。

こうして私が「彼女いない歴=年齢」を卒業したのは、24歳のときとなりました。同時に「童貞=年齢」を卒業したもの24歳です。

社会人になり、6年間の一人時代を送る

こうして人生最初の彼女を作ることができて、大学院二年生の最後半年は最高に楽しい時間を過ごしました。教授の言葉を基本的に無視して、自分の好きなように時間を使い、暇があれば彼女と会っていました。

そうして時間が過ぎていき、大学を卒業して社会人として4月から働き始めます。このとき私は、「たとえ勤務地がどこになったとしても彼女と会うために一ヵ月に一回ほどは会いに行こう」と考えていました。

4月末になって会社の新人研修が終わりに近づくと、人事担当者に呼びだされて勤務地を告げられます。なんと、島根県です。私は島根県の場所があまりよく分かっていなかったため、その場ですぐに携帯電話を取り出して位置を調べたほどです。「マジか!」とは思いながらも、当時の彼女には「島根県に勤務地が決まったよ!」とメールで送りました。

そして、社会人になった最初のゴールデンウィークで当時の彼女と会います。ゴールデンウィークはもともと会う約束をしていたのですが、会って衝撃の言葉を言い渡されます。

「ごめん、別れてもいいかな……」

10秒ほどフリーズした私は、ハッと我に返ります。女性が住んでいた場所と島根県が遠いため「遠距離恋愛は無理」と判断されたのか、それとも私に魅力を感じなくなったのか理由は分かりません。ただ、いずれにしても別れたいと思っていることだけは確かです。そのため、私はその言葉を受け入れて負け犬の気持ちを感じながら心に闇を負った状態でゴールデンウィークを過ごしました。

ゴールデンウィーク明けはすぐに島根県で新生活が始まります。そのため、何とか気持ちを切り替えて田舎の地で頑張ることにしました。

こうして島根県に住むことになったわけですが、非常に田舎です(島根県の人、すみません)。すぐ近くには山と海があり、車で少し回れば街を一周できてしまいます。

ただ、田舎という土地柄からなのか、その土地の人はとても良かったです。特に一緒に働く人たちは非常に良い人ばかりで、研究室の暗黒時代が信じられないほどでした。

これだけ良い人たちに囲まれて、さらには仕事を通して勉強させてもらいながら給料をもらってもいいのかと感じたほどです。それほどまでに、研究室時代の心がすさんでいたときとは別人のように心が晴れやかでした。

ただ、島根県では大きな問題があります。それは、若い人がほとんどいないということです。もっと言えば、若い女性がいません。これでは、彼女を作ろうにも難しいです。

会社にいる人は、私よりもはるかに年齢の高い人ばかりです。合コンを開催しようにも、知り合いの男友達が周囲にいません。街コンも近くで開催されていません。要は、出会いがゼロなわけです。空気はキレイで人もよく、住む環境としては申し分ないものの、女性との出会いという意味でいうと完全に陸の孤島に取り残された気分でした。

島根県で知り合った悪友から教えてもらった1つのツール

そうして、転勤はなく彼女もいないまま6年という時間が過ぎて30代の仲間入りをしたとき、3歳年下の男性の同僚が転勤してきました。後輩にあたるわけですが、年が近かったためすぐに仲良くなりました。

ただ、この後輩と仲良くなってより深い話をしていくと、私にとってはあり得ない話ばかりが飛び出てきました。彼は広島県から転勤してきたのですが、当時付き合っている人が5人いたというのです。二股どころの話ではありません。五股です。もちろん、彼女以外にセフレのような関係の人も含めると他にもたくさんの女性がいます。

さらには、島根県の知り合いがゼロであるにも関わらず、一ヵ月ほどで新たな彼女を島根県で作っていました。また、ど田舎の地で新たに「女性の人脈」を築き、合コンを開催して私を呼んでくれることも頻繁にありました。これまで6年間、島根県で女性とまったく縁がなかった私は「これまで一人ぼっちの生活は一体何だったのだろう」と本気で考えたほどです。

そうしたあり得ない姿を見た私は、なぜそれだけ女性が途切れないのか不思議に思います。そのため、飲みの席で「どのように女性と出会っているのか」を教えてもらいました。このとき最初に言われたのは、次の一言です。

「出会い系サイトを使いなよ!」

彼が活用していたのは、出会い系サイトでした。かつては犯罪が横行していた出会い系ですが、いまは健全になっているので適切に活用すれば素人女性と会い、彼女でもセフレでもいくらでも作ることができるというのです。

彼が島根県に来て一ヵ月ほどで彼女ができたのも、広島県にいるときから出会い系を通して「島根県で会う予定の女性」を何人も作っておき、実際に転勤になった瞬間に女性と会ってデートを重ねていたというわけです。

そうしたカラクリを知った私はその夜、彼に教えてもらった出会い系サイトに登録しました。プロフィールや写真設定など、分からないことだらけでしたが、彼に電話でアドバイスをもらいながらも設定をしました。

そうして実際に何人かの女性にメッセージを送りました。ただ、返信がまったくありません。ここでくじけても仕方がないため、さらに他の女性へメッセージを送り、ようやくその中の1人から返信が返ってきました。もちろん、業者からのメッセージではなく、きちんとした一般女性からの返信です。

そこから、まずはこの女性とメールのやり取りをすると、約二週間後の土曜日昼に会うことになりました。

当日、ドキドキしながら女性を待つことになります。松江駅(島根県で一番大きな駅)で待ち合わせをして、そのままランチの予定です。時間になると、一人の女性が私に声をかけてきました。その女性が出会い系でメールをしていた女性でした。可もなく不可もないという感じの、地味な雰囲気の女性でした。

結局のところ、その女性とその後何も進展はなかったのですが、「出会い系サイトを活用して本当に女性と出会えるんだ。あの悪友が言っていたことは本当だったのか」ということは理解できました。

そこからというもの、複数の出会い系サイトを活用するようにしました。田舎なので活動範囲も島根県だけでなく鳥取、岡山、広島と他の県をまたいで女性へアプローチしていきました。

こうした試行錯誤を続けていき、悪友から出会い系サイトの存在を教えてもらった2ヶ月後には岡山県に住んでいる女性を彼女にすることができました。休日などに車で移動して会い、デートするということを当時は行っていました。

また、同時に鳥取県にセフレを作ることにも成功しました。悪友の指示通りに動き、出会い系を使い始めて3ヶ月後には、合計3人の女性と大人の関係を構築することに成功したのです。

東京へ転勤になり、ハーレムを築く

こうして悪友から私は、多くのことを学び実践することで徐々に成功体験を積み重ねてきました。なお、悪友から学んだことはすべて、私が考えていたこれまでの固定概念を根底から覆すものばかりでした。例えば、以下のようなものがあります。

・社会人男性は付き合う前に告白をしてはいけない

・デートではボディタッチが必須

・エッチ(セックス)をしたあとに彼女にすべき

・複数の女性へ同時にアプローチしないといけない

・彼女を作るのも、セフレを作るのも方法は同じ

・出会い系を活用すれば、女性との出会いに困らなくなる

これらを理解した上で実践することで、島根県というド田舎の地に住んでいたとしても私は女性に困ることがなくなりました。

そうしていると、会社から東京へ転勤するように命じられます。悪友や当時付き合っていた彼女と離れることになるのはさみしかったですが、私は東京の地で頑張ることにしました。

実際に東京へ引っ越しして実感したこととしては、首都圏では人の数が多いので女性に困ることがありません。特に出会い系を活用すればいくらでも女性と会えるため、これまでの苦労が何だったのか分からないほど簡単に新たな彼女を作ることができました。また、東京では何人ものセフレを側に置くことができました。

島根県というド田舎であても、出会いを活用して彼女やセフレを作っていたというノウハウや実績は、東京などの大都市圏においては大きな威力を発揮したわけです。

出会いに困っている人は意外と多い

ただ、そうして東京で過ごしていると、意外と大都市であっても出会いに困っている人は多いことに気づきました。田舎であれば出会いがないのは既に実感しているので分かりますが、都市部でも同じだったのです。私の会社にいる男性の中には、会社と家を往復するだけの生活をしていて「彼女が欲しくても出会いがないと嘆いている人」がたくさんいたのです。

そこで、かつて私が悪友から教えてもらったのと同じように、仲の良い男友達だけのコッソリと方法を教えることにしました。会社で私が出会い系を使っていることがバレるのはよくないため、信頼できる人だけ限定でノウハウを伝えたのです。

そうすると、3ヵ月以内に結果を出す人が何人も現れました。複数の女性と会い、彼女にしたり一夜限りの関係に発展させたりするなど、成功体験を積む友人が続出したのです。

そのお礼なのか、出会い系の使い方を教えた友人たちから風俗遊びを教えてもらいました。私はそれまで田舎しか住んだことがなかったため、都会の遊びを知りません。そこで吉原や歌舞伎町だけでなく、大阪出張のときは飛田新地へ連れていってもらうなど、大人の遊びを伝授してもらったわけです。

風俗の楽しさを知った私は、その時の気分によって素人女性と一夜を過ごしたり、風俗でプロの女性に相手をしてもらったりと気分に合わせて夜の遊びができるようになったわけです。

こうした人生経験は仕事にも活きてきます。女性と会話をするとき、コミュニケーション能力が要求されます。また、デートのときは事前に店を予約したり、プランを考えたりしなければいけません。当然、デートするときには女性に対する配慮も必要です。

それまでコミュ障だった私は、相手に対してこうしたことを考えることができませんでした。ただ、多くの女性とデートを重ねるうちに、仕事の場でも相手企業の人に対して適切な会話を振ったり、配慮をしたりすることができるようになりました。

また、仕事で決定権のある人は男性が多いです。「どうしたらセフレを作れるのか」「女性にモテるためにはどうすればいいのか」などの話題は、仕事のできる人ほど興味をもってくれます。そのため、これらの話題を相手企業の男性に振ることで、すぐに仲良くなることができます。信頼関係を構築することができれば、商談はスムーズに進みます。

女性との出会いを増やしたり、何人もの女性とデートしたりするというのは、単に一夜限りの人を増やすという意味ではありません。人間としてのコミュニケーション能力を向上させ、人生そのものを成功に導くだけの力が詰まっているのです。

しかしながら、実際には女性との出会いに困っている人が多いです。これについては、都市部でも田舎でも同様です。私の周辺だけでも「出会いがない」と嘆いている人が多いという事実を考えると、日本全国ではいったいどれだけの人数になるのかと思いました。

かつて二次元の世界(ギャルゲー)にどっぷりと浸かり、島根県で女性と無縁の生活をしていた私が少し考え方を変えるだけで田舎の地で彼女やセフレを作ることができたのと同じように、あなたも適切な行動を取れば女性に困らなくなります。

そこで、女性との出会い方や攻略法を含めて、多くの男性の助けになればと情報発信をすることにしました。また、同時に風俗に関する情報や実体験を提供することによって、夜遊びで必要な知識まで網羅すれば、男性で最も悩みの深い「性の問題」を少しは解決できる手伝いができるのではと考えたわけです。

気の弱い男性であっても、誰でもモテるようになる

何人もの彼女がいたりセフレを作っていたりするというと、「もともとモテていた人だから、そのようにできるのでは」と思ってしまいます。確かにそういう人がいるのも事実であり、苦労せず女性を引っかけるのが上手な男性が存在します。

しかし、それは生まれながらにしてイケメンであったり、コミュニケーション能力に優れていたりして女性の扱いに慣れている人だからできるのです。

実際、過去の私は生身の女性よりも二次元(アニメ)の女性の方を好んでおり、どちらかというとコミュニケーション障害です。さらにいうと、私は「かなり真面目な人間」と周囲に思われています。また、いわゆるイケてる人間ではないため、会社では完全なるイジられキャラです。

ただ、私のような人間であっても、少し考え方を変えるだけでモテるようになります。これについては、これまで述べてきた通りです。

それでも「自分には無理だ」と思っているようでは、厳しめに言わせてもらうといつまで経ってもモテるようにはなりません。しかしながら、少しでも自分を変えたいと考えられる人間であれば、誰でも彼女を作ったりセフレを側に置いたりできるようになります。また、風俗遊びまで知ることで、さらに人生を楽しめるようになります。

そのために必要な方法については、当サイトにすべて公開しています。当サイトの情報をすべて吸収して実践するだけで、これまでとは違った人生を歩めるようになります。

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