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現在はさまざまな方法で性欲を満たすことができます。その中でも手軽に性欲を満たすことができる方法として「アダルトビデオ」があります。アダルトビデオは「男女のセックスシーンを映像化したもの」で、とくに男性の自慰行為(オナニー)のために広く利用されています。

アダルトビデオの歴史は昭和時代(1926~1989年)から始まりました。ここでは、アダルトビデオの歴史について紹介します。

アダルトビデオは1980年代に誕生した

アダルトビデオが誕生したのは1981年(昭和56年)です。日本初のアダルトビデオは、日本ビデオ映像という会社が発売した「ビニ本の女・秘奥覗き」と「OLワレメ白書・熟した秘園」だといわれています。

当時流行していたものに、「成人映画」があります。成人映画は「男女のセックスの映像を映画として上映するもの」でした。1970年代まで、男女のセックスの映像は映画で観るのが一般的でした。

しかし1980年代から、「ビデオデッキ」が一般家庭に普及し始めました。すると、「セックスの映像をビデオとして提供しよう」という新しい試みが行われるようになりました。こうして誕生したのが上記2つのアダルトビデオ作品だったのです。

アダルトビデオの登場は風俗業界に非常に大きな衝撃をもたらしました。それまで「日活ロマンポルノ」というシリーズで数多くの成人映画を製作してきた「にっかつ(もともとは「日活」だったが、社名変更によって「にっかつ」となった)」は、アダルトビデオの製作に力を入れるようになりました。

過激な内容の「裏ビデオ」が人気となった

アダルトビデオが誕生したころ、アダルトビデオ製作会社は「3分以上連続してセックスの様子を描写するのは内容が過激すぎる」として、自主規制をしていました。そのため当時のアダルトビデオはセックスではなく女性の全裸の映像など、ソフトな性描写の作品が中心となっていました。

しかしこの規制はいわゆる「裏ビデオ」と呼ばれる、「過激な性描写を売りにしたアダルトビデオ」が生まれるきっかけになりました。

裏ビデオは家電量販店でビデオデッキを購入したときの特典として付けられることがありました。当時、ビデオデッキは非常に人気が高い家電製品のひとつでした。ただ、裏ビデオが特典として付くことで、さらにビデオデッキの売上は伸びたのです。

裏ビデオが出回ることで、規制で許可されている範囲内で製作された作品(表ビデオ)は人気が衰えるようになりました。

表ビデオでセックス描写を取りいれる

そのため1984年、宇宙企画というアダルトビデオ製作会社は裏ビデオに対抗するために、「ミス本番 裕美子19歳」という作品を発売しました。これはそのころ表ビデオで守られていた自主規制に反する、「セックスの描写をたくさん含んだ作品」でした。

若くて容姿がきれいな女性が出演する表ビデオはそれまで、「セックスの描写はなく、ヌード姿を撮影した作品」が一般的でした。しかし「ミス本番 裕美子19歳」は、19歳の裕美子という若い女優のセックスシーンを見ることができました。これは風俗業界に2度目の衝撃をもたらしたのです。

この作品の売上は、当時としては異例の大ヒットである2万本を記録しました。そしてここから、表ビデオでもセックスシーンが撮影された作品が多くなっていきました。

また、アダルトビデオの作品中でセックスが広く行われるようになったことから、セックスを演技として行う「AV女優」が誕生しました。アダルトビデオの歴史は、AV女優の歴史でもあったのです。

素人物や企画物など、さまざまな作品が登場した

こうして表ビデオでもセックスの描写が一般的になると、裏ビデオは徐々に衰退していきました。それまで裏ビデオを独自に製作して通信販売で販売していた業者は、表ビデオとして製作をするようになりました。

1990年代からは、アダルトビデオはさらに質が追求されるようになりました

男優がAV女優に男性器を同時に2本挿入したり、大根などをAV女優の性器に挿入したりするなど、過激なセックスを描写した作品が登場しました。

アダルトビデオのジャンルの多様化

さらに、ジャンルも幅広くなりました。SMプレイを描写した作品や、AV女優ではなく素人女性のセックスを撮影した「素人物」が登場しました。また、「海でナンパをした女性とセックス」、「女子高生のコスプレをした女性とセックス」など、さまざまな工夫を凝らした「企画物」というジャンルも人気となりました。

また、「ヌードになるアイドル」が登場したのもこのころです。1992年にデビューした飯島愛は、国民的巨乳アイドルとして高い人気を誇りました。

アダルトビデオの作品は多種多様になり、さまざまな性癖を持つ男性に合った作品が揃うようになりました。

レンタルに加え、セルビデオも普及

1990年代に入るまでのアダルトビデオは、レンタルが一般的でした。男性の多くはレンタルビデオ店で借りたビデオを、自宅のビデオデッキで鑑賞していました。

しかし当時、「お気に入りの作品を手元に置いておきたい」という男性は多くいました。そのため1990年代に入ると、「セルビデオ」として一般顧客へのアダルトビデオ販売が始まりました。セルビデオの「セル」は販売を意味する英単語「sell」に由来しています。

こうして男性はレンタルでアダルトビデオを鑑賞し、気に入ったらセルビデオを購入するようになりました。アダルトビデオを多数製作していたソフト・オン・デマンドという企業は、セルビデオのメーカーとしていち早く独自の販売ルートを開拓し、アダルトビデオを普及させました。

そして、これに続く形でさまざまな企業がセルビデオ市場に参入するようになりました。セルビデオ市場は1990年代に一気に活況となり、とくに人気となったチェーン店である「ビデオ安売王」は、全国に1000店舗を展開しました。

DVDやインターネットでの動画配信に以降

2000年代に入ると、アダルトビデオはさらに変化しました。それまでVHSビデオとして普及していたアダルトビデオが、DVDやブルーレイディスクでレンタルや販売が行われるようになりました。現在はビデオでのレンタル・販売はほとんど行われていませんが、「アダルトビデオ」の名称は残っています。

さらにインターネットが普及するようになり、現在はインターネットでの動画配信やダウンロード形式での購入も一般的になってきています。

今では、パソコン以外にもスマートフォンやタブレット端末でもアダルト動画を見ることができるようになっています。そして、よりさまざまな場所で男性はアダルト動画を楽しむことができるようになっているのです。

このようにアダルトビデオは1980年代に誕生しました。そこから現在に至るまで、内容の過激化、ジャンルの拡大、販売形態の変化などを経て現在に至っています。

普段性欲を満たすために見ているアダルトビデオにはこうした歴史があります。そしてアダルトビデオは現在も、時代に合わせて進化を続けているのです。

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