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現在でも、京都などに赴くと古きよき日本の伝統を見ることができます。中でも、舞妓(まいこ)芸妓(げいぎ)などの織りなす独特な接待空間は、男性のみならず、女性までをも虜にしてしまうほどの美しさを持っています。

また、仏教と関わりがある菩薩(ぼさつ)は遊女と深く関わっているとされています。そこで、舞妓・芸妓、菩薩(ぼさつ)から遊女について学んでいきます。

売春婦である舞妓・芸妓は芸を習っていた

売春婦である舞妓・芸妓は芸を習っていました。なぜならば、彼女たちは接待のプロフェッショナルだからです。琴などの管弦楽器に長けている彼女たちの演奏を聴きながら飲むお酒は、さぞかしおいしいことでしょう。

彼女たちは売春を生業とした売春婦であるものの、そのルーツは遊女(ゆうじょ)ではありません。遊女とは平安時代中期に生まれた、現在でいうところの売春婦のことですが、舞妓などは中国から来た文化なのです。

ちなみに、しばしば映画や漫画などで、欧米人が日本を連想する際に「スキヤキ・バンザイ・ゲイシャ」などという言葉を発しているシーンを見ることがあります。この中の「ゲイシャ」とは「芸者」のことであり、つまりは舞妓や芸妓のことです。

ではなぜ、芸者が日本を象徴するような言葉になってしまったのでしょうか。その理由は、欧米人にとって芸者(=売春婦)が音楽や舞に精通していることは、とても驚くべきことだったからです。その驚きから、芸者は日本独自の文化として語られるようになってしまったのだといわれています。

一体彼女たちはどのようなルーツを持つのでしょうか。

起源は中国

日本で妓女(ぎじょ:舞妓・芸妓などの総称)が発生する前、海の向こうの中国ではすでに妓女の文化が生まれていました。

中国で信奉されていた道教という宗教では、セックスと健康とが密接に関わりを持っていると考えられていました。そのため唐時代以降、士大夫(したいふ:中国のエリート層)たちがその実践の場として教坊(きょうぼう)という区画を設け、そこで妓女たちに楽曲や歌舞などを教えていたという歴史があります。

それに加え、道教ではセックスと同じぐらい芸を重んじていました。そのため教坊の女性は詩や琴や酒などに長け、男性を気前よくもてなしたのです。

また、朝鮮においても「妓生(きしょう・キーセン)」という名の妓女が誕生しました。彼女たちも、中国と同じく芸と売春とを組み合わせ、もてなしをする女性でした。ちなみに、芸をたしなまない純粋な売春婦のことを朝鮮では「カルポ」と呼んだそうです。

日本での妓女文化

日本にも、元正天皇が統治した8世紀には、教坊の文化が渡来しました。日本の場合、教坊は宮中に置かれた施設となり、「内教坊」と呼ばれるようになりました。

これこそが、日本で初めて起こった妓女文化であるといえます。

ちなみに、日本は中国とは異なり、教坊は宮中の中にしかできませんでした。なぜならば、宮中の人間も一般の女性とセックスをするという文化があったため、わざわざ外に教坊を作らなくとも平気だったからです。

外でのセックスの様子は『源氏物語(げんじものがたり)』、『夜の寝覚(よるのねざめ)』などの古典からうかがい知ることができます。

西洋人が驚く意味

西洋人にとって、売春をする女性が芸に精通しているということは不思議なことだったといいます。

西洋では、音楽などはキリスト教の権威の下で行われるものでした。つまり、「音楽=宗教」という意識が少なからず存在するのです。

それと並び、キリスト教には「セックス=悪」というモラルが存在します。そのため、彼らは「セックスを生業とする売春婦が、神を連想させる音楽を奏でている」という事実に、違和感を覚えざるを得なかったのです。

つまり、西洋と東アジアとでは、売春に関する価値観が全く異なっているのです。現代のソープランドやファッションヘルスなどに代表される、「接待なしに性サービスのみを受けられる店」は西洋的な売春観によって成り立っているといえます。ただ一方で、芸をもって客をもてなすという文化は、高級ホステスなどに姿を変えて、今でも一般的なものとなっています。

舞妓・芸妓のルーツは日本特有ではなかったにせよ、非常に古い時代にあったことがわかります。

菩薩(ぼさつ)と遊女との関係性

また、仏教を信奉している人々は、日本に多く存在します。ただ、皆が皆それを常に意識しているかどうかはわかりません。とはいえ、仏教は日本のあらゆる文化に根付いており、現在使う言葉も仏教由来であるものも多いといいます。

このように、仏教と日本文化とは極めて密接に結びついています。ときにそのつながりが密接すぎて、関わりに気づくことができないことさえあります。

例えば、一般的に菩薩(ぼさつ)と聞くと、大半の人は「仏教の偉い人」というイメージを持つでしょう。もう少し詳しい方なら、菩薩の像は女性の姿をしていることが多いことも連想できるかもしれません。

そんな女性の姿で想像されることが多い菩薩ですが、実は女性であるとは限らないといいます。むしろ、東南アジアやインドなどの菩薩像は、厳めしい顔をした男性の姿で象られていることがほとんどなのです。

なんと、こうした「菩薩=女性」という等式は、日本で遊女(ゆうじょ:売春婦)を神格化した歴史に根付いているという説もあるのです。

本来の仏教と日本の仏教

古代インドで生まれた仏教ですが、初めのうちはほとんど宗教とはいえない概念でした。仏教の根源を成すのは釈迦の教えであり、宗教というよりかは「生き方の模範」に近い考え方だったのです。

しかし、仏教が東へと伝来するに従い、次第に宗教色を帯びてきました。それは、移動とともにその地における土着の神も仏教の中に巻き込んでしまったからです。そのため、仏教には他のインドの神などが仏として登場することとなりました。

日本へ仏教が伝来するころには、「生き方の模範」ではなくなり、完全に宗教と化していました。また、当然ながら日本土着の神も、仏教の中に取り入れられるようになりました。

こうして、仏教は本来信仰対象を持たなかったにもかかわらず、日本に来たときにはさまざまな神を仏として組み入れてしまうような宗教となってしまっていたのです。

土着の女神信仰と仏教とが融和したという説

日本には仏教が伝来する前から、土着の信仰が各地で行われていました。その中のひとつに女神信仰というものが存在します。

女神信仰は各地に存在しますが、その始まりはやはり男女のセックスに関連していることがほとんどです。確かに男性が「セックスをしてくれる遊女」を、救いと認識してもおかしくはありません。

ヨーロッパでの例

こうした女神信仰の流れは、確かに日本の歴史の中に存在しました。しかし、これが仏教に取り込まれ、菩薩が女体化したと考えるのはやや強引です。

ただ、現地の女神信仰が権威となった宗教に取り込まれた例は、西洋にも存在します。それこそが、マリア信仰です。

そもそも、キリスト教はイエス・キリストのみを崇拝対象とした一神教でした。聖書では、マリアはキリストを受胎した母でしかなかったはずです。それなのに、彼女が信仰対象になったのは、「その土地の人がキリスト教以前に信奉されていた神をマリアに投影した」からなのです。

歌舞の菩薩

また、徳川幕府が治める江戸時代、遊女(ゆうじょ:売春婦)は「歌舞の菩薩」と呼ばれていたとする説があります。歌舞(かぶ)とは漢字通り、歌って舞うことなので「芸をする菩薩」といいかえることもできます。

「菩薩が女性の形だったから遊女を菩薩と例えた」のか、もしくは「遊女を菩薩としたから仏像も女体化した」のか、どちらが正しいのかは不確かです。ただし近世になり、菩薩と遊女とが極めて近しい関係になっていたと考えるのは妥当でしょう。

このように、当たり前のように触れている仏教ですが、実は日本の土着の文化と密接に混じり合っています。菩薩と遊女との関係性は不透明な部分が多いですが、そうした謎も興味深い点です。

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