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テレビやラジオ、ネットなどは、いずれもメディアと呼ばれるものです。メディアとは媒体という意味であり、その中にはさまざまな情報が入っています。すなわちメディアの価値とは、その中に入っている情報の価値と言い表すことが可能です。

しかし、ネットが登場する以前のメディアの中で、最も力を持っていたといわれるテレビのせいで、日本に存在する貧困はうやむやになってしまっていました。

テレビというメディアの性質上、こうした現象はある程度仕方のなかったものなのかもしれません。ただし、テレビで「援助交際少女」というレッテルを貼られてしまった少女の中には、今でももがき苦しんでいる者も存在するのです。

また、行政や女性の支援団体も貧困女性を大きく苦しめます。ここでは、どのような現実があるのかについて確認していきます。

テレビというメディアの特徴

貧困少女がいかにして包み隠されてしまったかを見ていく前に、まずはテレビというメディアがどのような特徴を持っているのかを見ていきましょう。

今でも、テレビは代表的なメディアです。これはテレビに限った話ではありませんが、ネット以外のメディアにおいては、情報を発信する側と受信する側とは、同一ではありません。つまり、テレビの場合は、テレビ局が発信したい情報のみが発信され、視聴者はその情報を見聞きするだけにとどまります。

そのため、テレビで放送される情報は、万人受けを狙うため、放送される際には大きく形が変わってしまっているケースが多いのです。テレビ放送に際して、「情報が単純化」されているといってもいいかもしれません。

例えばある事件が起こったとします。通常事件というものは、本当はさまざまな要因が重なって構成されており、決してひとつの原因に理由を求めることはできません。

しかし、テレビではそのすべての要因を取り上げる時間はありません。そのため、原因として考えられる最も有力なもののみが、あたかも単一の原因であるかのように放送せざるを得ないのです。

このように、テレビは性質上仕方がなく、情報に手を加えてしまいます。これがテレビというメディアなのです。

「援交少女」という名のレッテル貼り

2000年代に、テレビは「援助交際」をする少女について盛んに報道しました。援助交際とは、金銭を目的として男性と交際することを指しますが、これはいわゆる売春と全く同じことです。

こうした出来事の背景には、当時流行っていた出会い系サイトが女子高生世代にも広がったということもあったのですが、テレビはこの現象を、「女子高生の性意識の乱れ」という結論で報道してしまいました。

たしかに、この時期に増えていた援助交際の中には、性意識の乱れに由来しているものが多く存在しました。「インディーズバンドに貢ぐため」「親に反発するため」など、こうした目的を持って気軽に援助交際に手を出してしまっていた女子高生が多くなってしまったのも本当のことです。

ただし、メディアの落ち度は、すべての援助交際を「性意識の乱れ」という原因でまとめてしまったことにあります。もちろん、援助交際をする者の中には、貧困のためにどうしてもそれしか手段を選べなかったという少女も存在したのです。

それなのに、メディアが流した「性意識の乱れ」という結論は、援助交際というものを、あたかも「頭の悪い女子高生のやること」というイメージで世間に定着させてしまいました。そのため、援助交際をしている少女は、例外なく「遊ぶ金欲しさ」という印象を持たれてしまうのです。

こうして、遊び目的のための少女も、貧しくて仕方がなくやるほかない少女も、等しく「援交少女」というレッテルを貼られてしまいました。しかし、当然ながら両者の質は全く異なるものなのです。

テレビというメディアは、たしかに援助交際という日本の暗部をとらえ、世間に発信してくれました。ところが、その安直な結論ゆえに、「本当に貧しい少女の援助交際」という真の闇を覆い隠してしまったのです。いまや、テレビでやっている放送のみが本質だとは思わずに、自身の見解を持つことも重要となっているのです。

貧困や異常を見て見ぬふりをする行政

それでは、こうした現実に対して行政はどのような対応をしているのでしょうか。

貧困は、親から子へと遺伝するものであるという見方も存在します。子供に対して、まともな教育を受けさせるだけの経済力、もしくは家庭環境がない場合、子供の将来も大幅に狭まってしまうからです。もちろん、貧しい家から偉大な人物が生まれたという例は珍しいものではありません。ただし、その貧困具合にも限度というものがあるのです。

貧困にさいなまれている子供や家庭というものは、いったいどこが救済するべきなのでしょうか。

多くの人は、「国や自治体など、行政が積極的に介入していくべき」だと考えるでしょう。しかし、そうした機関があるにも関わらず、貧困や虐待などでさんざんな目にあっている子供を救い出せるケースはまれです。

実際、こうした子供や家庭などは、制度によって救済されるべき存在です。しかし、いまの日本の行政がそうした人々をきちんと捕捉できているかというと、上記のように全くうまくいっていないというのが現状です。

このあきれるほどの捕捉率の低さは、そうした「異常性に気が付いたとしても、見て見ぬふりをしてしまう行政の体制」にあると考えられます。

居所不明児童生徒のマイさん

貧困や売春などの実態を追うルポライター・鈴木大介氏が取材したマイさん(仮名)の半生を見ていくと、行政がどれほどずさんな体制であるかがわかります。

彼女は、鈴木氏の取材当時21歳であり、デリバリーヘルス嬢として働いていました。今でこそ、多くの月収を稼いでいる彼女ですが、幼いころは難しい境遇に立たされていたことを告白しました。

マイさんに父はおらず、幼いころから母と、母の1番好きな彼氏とともに生活を共にしていたといいます。彼女の母は、日夜男を求めて街を出歩き、実質的な保護者となったのは、母の1番好きな彼氏でした。

とはいえ、彼女の母は、好きな彼氏が変わるたびにマイさんをその男性の家に住まわせ、住民票の住所と現住所とが全く異なっているときの方が多かったといいます。

そのため、時々学校へと行くと、友達からは「今はどの家に住んでいるの」と尋ねられる始末でした。また、学校においてマイさんの母は有名人となっており、いつもキレている要注意人物として警戒されていたといいます。

小学校を卒業した後は、紆余曲折を経てスナックなどで働き始めたといいますが、その過程でマイさんの母が彼女に売春を勧めてきたこともあったそうです。

異常さは気づいていたはずの行政

今では、これらの話も過去の笑い話のように語るマイさんですが、社会の異常性については疑問が募るばかりです。

そもそも、住民票の住所とは違う場所に住んでいるマイさんを、学校がおかしく思わないわけがありません。

マイさんは時折授業には出席していたのですから、教諭が相談に乗ってあげることもできたはずです。無論、それが行われたかどうかは定かではありませんが、結果として行政の捕捉がなされていないのであれば、見て見ぬふりをしているのと同じことです。

また、マイさんの母親は、周辺でも有名な問題人物でした。時に、その粗暴な態度でマイさんの友達を傷つけてしまい、警察沙汰になったこともあったといいます。

ただ、警察沙汰になったにも関わらず、こうしたマイさんの家庭事情に踏み込むこともなく、結局うやむやのまま事件は終了してしまったと考えられます。つまり、これも見て見ぬふりです。

このような事態は、行政がしっかりと観察の目を光らせていれば、必ず察知できた異常性です。むしろ、マイさんのような場合は注意深く監視していなくても、明らかに異常であると判断できたはずです。現代の日本社会では、目を光らせるどころか逆に閉じてしまっているようにさえ感じられます。

女性の支援団体が売春婦を苦しめている理由

売春や援助交際に手を出してしまう女性は、年を重ねれば重ねるほど危機的な状況に立たされます。通常の仕事であれば、経年によって技術を蓄積し、自身の持つ価値を高めていくことが可能です。ただし、売春などの場合は、老けていくにしたがって、価値が下がっていってしまうからです。

また、売春は法律的に認められた仕事ではありません。そのため、通常の勤め人が加入している各種社会的な保険とも無縁です。仮に、体調を崩して売春ができなくなってしまった場合、その女性の置かれている状況は極めて危険であることがわかります。

こうした女性を救うために、少なからず支援団体が活躍しています。苦悩を聞き出し、彼女たちの新たな活路を見つけ出すことが団体の目的です。しかし、こうした団体も実のところあまり芳しい成果を残していないというのが現実です。

売春婦の状況をきちんと理解した支援

売春婦を支援する団体は、「セックスワークを肯定する」という意識を持っていなければなりません。救護する対象のことを深く知るということは、支援団体であれば当然の務めです。

主に、売春婦を擁護する団体として代表的なのが、いわゆるフェミニズム思想(性差別をなくすことで、女性の権利を拡大させようとする考え)に基づく「女性団体」と呼ばれる団体です。

ただし、女性団体の場合、セックスワークについてきちんと理解していないどころか、むしろネガティブなイメージを持っていることがほとんどです。こうした団体は、売春や援助交際を「女性が不当に働かされている場」として認識しており、売春の中で起きた被害などを大きく宣伝することで社会改善を目指しています。

もちろん、売春での被害を訴え、問題提起をすることは大切なことです。しかし、支援を受けたい当の売春婦はどのように感じるでしょう。

女性団体の存在が売春婦を苦しめる

例えば、ある方は、中学校時代からセックスワークに関連する分野で働かざるを得なかったといいます。一般的に見れば、彼女の置かれた状況は酷なものです。ただ、彼女自身はその状況を受け入れており、壮絶なバックグラウンドゆえに売春で生きていくことを腹に決めていたのです。

売春は犯罪であるため、その行為を正当化することはよくありません。ただ、そうした状況から絶対的に抜け出せない方がいるのも事実です。では、先ほどの女性のように、売春で人生を歩んでいくことを決意した人物が、上記の女性団体に支援を求めるとどのようなことが起きるでしょうか。

セックスワークにネガティブな印象を持っているこの団体は、確かに彼女の境遇を憐れむかもしれません。ただ、団体ができるのは、彼女がセックスワークによって受けた被害を外部に宣伝するだけです。

売春という不安定な土台にいる彼女は、明日の食料にさえ困る状況だから女性団体に支援を要請したのでしょう。それなのに、その訴えを社会への問題提起のために使われてしまっては、彼女にとっては全く不愉快です。

売春によって生活しているにも関わらず、その方法を奪われてしまえば、生きていけなくなってしまいます。そのため売春婦たちにとって、先ほどのような団体は害でしかないのです。良かれと思って団体は活動しているのでしょうが、実際のところ当事者がよけい苦しむようになってしまっているのです。

ポジティブな支援の難しさ

売春で生きている女性を本気で助けたいのであれば、よりセックスワークに理解を示した団体を創設する必要があります。「セックスワーク=悪」とは決めつけず、実際の売春婦が気軽に来ることのできる環境を作ることが重要なのです。

もちろん、売春はそもそも法に触れる行為であり、普通の仕事のように斡旋はできません。そのため、積極的な支援をすることは難しく、売春婦への支援はあくまでも社会復帰や法的手続きのアドバイス、またはカウンセリング程度にとどめておくべきです。

ただ一方で、それ以上売春婦に迎合した施設(宿泊や食事の支援など)を作ってしまうと、そこに多くの打算的な売春婦が集まってしまうことが考えられます。施設の利便性を履き違え、売春の拠点として利用されてしまう可能性があり得るからです。

そうなってくると、売春を救うための施設が、意に反して売春の温床となってしまう可能性も否めません。

売春の実際を知るものであれば、こうした支援団体の設立は急いでなされるべきだと考えるのが当然です。ただし、上記の理由から一筋縄ではいかないというのも、また事実なのです。

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