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風俗街は全国各地にありますが、北陸地方の新潟県にも「古町(ふるまち)」という街があります。江戸時代(1603~1868年)から遊郭(ゆうかく:風俗街のこと)として発展し、現在でもソープランドやデリヘルなど、さまざまな風俗店が建ち並んでいます。

ここでは、新潟県の古町の歴史について紹介します。

江戸時代の古町は江戸・大阪・京都に次ぐ遊郭だった

現在の古町はほかの地域の風俗街と比べると規模は小さく、落ち着いた雰囲気となっています。しかし江戸時代における古町の遊郭は、当時の中心的都市であった江戸・大阪・京都の遊郭と並べて比べられるほどの規模でした。

古町がにぎわっていた理由は「新潟港」が発展していたためでした。当時は江戸の人口が100万人、大阪や京都も人口40万人の都市となり、日本各地の都市が成長を遂げていました。そのため物流が活発になり、それにともなって新潟港も発展しました。

また、江戸時代の新潟港には「北前船(きたまえぶね)」という船が寄港(きこう:船が港に訪れること)するようになりました。

それまでの船は依頼主から商品を預かり、輸送を行うのが一般的でした。しかし北前船は船のリーダーである船主自身が都市で商品を購入し、それを船で輸送して商品販売を行い、利益を上げる船でした。

北前船がたくさん訪れるようになったことで、新潟港では商品売買が盛んとなりました。そして新潟港はさらに発展しました。

新潟港が成長することで、そこで働く男性が増えました。そしてこうした男性が古町の遊郭にたくさん訪れるようになったのです。

明治時代は花街(かがい)として発展

江戸時代が終わって明治時代(1868~1912年)に入ると、古町では大きな火事が起きました。これによって古町の遊郭で営業していた風俗店は大きな被害を受け、閉店に追い込まれる店が増えました。

明治時代は政府が主体となり、日本全国で「近代化」が進められました。

古町の火事からの復興は、こうした時代の流れの中で行われました。そのため風俗店のほかに、料亭や劇場などが建てられるようになりました。このような料亭や劇場が建ち並ぶ街は「花街(かがい)」と呼ばれました。

明治時代には、江戸は東京と改称されました。東京の新橋や京都の祇園(ぎおん)は花街として高い人気を誇っていましたが、古町はこの2つの街に次いで大きな花街として発展しました。そして古町は「三大花街」とまで並び称されるようになりました

ちなみに現在の古町はこうした歴史を受け継いでおり、今でも約10軒の料亭が営業されています。

ただ、1955年(昭和30年)に、再び大きな火事が起こりました。「昭和新潟大火(しょうわにいがたたいか)」と呼ばれる火事で、木造の建物が多かった古町の店は大きな損害を受けました。

火事のあとには復興が行われたものの、さらに1964年(昭和39年)には「新潟地震」という大規模な地震が起きました。これによって古町はふたたび被害を受けてしまいました。

火災・震災に見舞われながらも、1970年代に入ると、古町は復興を遂げました。

1955年から1973年にかけて、日本は「高度経済成長期」と呼ばれる時代でした。日本の経済成長率が大きく伸び、日本全国の都市が発展していました。

こうした流れから、古町は震災などで被害を受けたものの、早く復興することができたのです。

そして古町は「新潟市内唯一の繁華街」として再生しました。1970年代にはデパートやスーパーなどが周辺地域に出店し、映画館も建設されました。

1970年代の風俗業界では、現在のソープランドにあたる「トルコ風呂」が人気となっていました。古町にもトルコ風呂がたくさん営業されるようになり、商店街の裏通りで営業されました。

現在の古町は再開発が行われている

1980〜1990年代になると、東京・大阪などの都市が大きく発展しました。そのため新潟の若い人は、都市部へ出ていくようになりました

このため古町の成長は徐々に衰え、たくさんの人でにぎわっていたスーパーや百貨店、映画館が閉店されるようになりました。そして1990年代には、古町の大通りの通行量が以前に比べて減少してしまいました。

2000年代に入ると古町では再開発が行われるようになり、若者向けの専門学校や大学が建設されました。また、マンションや大型商業施設も建設されるようになり、古町は新しい街に変化しようとしています。

風俗店は現在も商店街の裏通りで営業されており、昭和やそれ以前の時代を感じられる建物がたくさん残っています。昭和時代にトルコ風呂として営業されていた店は「ソープランド」に変化しました。

古町では商店街と風俗街が近い位置にあります。そのため古町のソープランドは「新潟県特殊浴場防犯協会」という団体に加盟しています。団体に加盟しているソープランドは規則を守り、周辺地域の風紀に影響が出ないように営業しています。

新潟の古町は以上のような歴史を経て現在に至っています。古町はかつては花街として、東京や大阪の風俗街と並び称されるほどの街でした。しかし現在は、比較的落ち着いた雰囲気の風俗街となっているのです。

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